網膜厚測定装置の基礎
院長 今野 優 医学博士
昭和38年9月11日 生
平成元年 5月医師免許(第321523号)
平成 8年 9月旭川医科大学学位記(第240号)
平成 8年10月日本眼科学会眼科専門医(第8303号)
1997年11月20日 ラジオたんぱ 参天眼科ゼミナールに画像診断シリーズ37
         「網膜厚測定装置の基礎」という話で出演しました。

 本日は、網膜厚測定装置の基礎ということでお話させていただきます。網膜厚の測定は、網膜浮腫や萎縮を引き起こす眼疾患の評価をする上で重要な情報を与えてくれると考えられます。例えば、糖尿病網膜症における視力低下の最大の原因と考えられる糖尿病黄斑浮腫では、網膜への水分の貯留の結果として生じる網膜厚の増大が生じています。また、黄斑浮腫は網膜血管閉塞症、ぶどう膜炎、網膜色素変性、白内障術後などにも生じます。これらの疾患において網膜厚の正確な測定は、早期診断、視力の解釈などに有用と思われます。逆に緑内障では、網膜神経線維層が萎縮しており、萎縮の程度の他覚的、定量的かつ鋭敏な診断は、早期診断、進行度の把握などに重要です。

 網膜厚の評価は、臨床的には細隙灯顕微鏡検査、ステレオ眼底写真などによりなされますが、主観的になりやすく、かつ定性的なものです。1989年、Zeimer らはヘリウムネオン・レーザーを用いることにより、網膜厚の測定が可能であることを示しました。それを発展させた網膜厚解析装置で臨床の場での網膜厚の測定が可能になりました。
 網膜厚解析装置の基本原理は、レーザー細隙灯顕微鏡です。すなわち、照射細隙光として543nm のヘリウムネオン・レーザーを用いることにより、脈絡膜からの散乱を抑え、網膜の光学的切断面を観察するというものです。網膜厚とは、網膜硝子体界面の反射と網膜脈絡膜界面からの反射との距離と定義しています。網膜厚は細いレーザー細隙光を網膜に斜めから照射し、これを一定の角度で撮影、記録し、画像解析することで得られます。

 網膜厚解析装置は、レーザー発振装置と光学部から成る測定装置と、データ解析用のパーソナルコンピュータ、モニター、カラープリンターで構成されています。光学台の前に被験眼をセットすると、コンピュータモニターに前眼部像、眼底像、網膜のスリット像の3つが表示されます。前眼部像は赤外ダイオードで照明し、 CCD カメラで撮影された動画です。検者はモニターで前眼部像を観察しながら虹彩にピントを合わせ、センターリングをして測定装置と眼球との距離が一定になるようにジョイスティックを操作し、また入射レーザー光が瞳孔に入っていることにも注意します。
 眼底像は白色光で照明し、CCD カメラで撮影された動画です。この眼底像には9つの固視視標も同時に表示されており、被験者にもこの固視視標が見えます。検者は固視を確認しながら測定することが可能であり、また眼底の網膜厚測定部分を、測定と同時にコンピュータに眼底画像として保存することができます。
 網膜のスリット像は、543nm のヘリウムネオン・レーザー細隙光により得られます。このレーザー細隙光は幅20μm、長さ2mm であり、一度の測定で200μm 間隔で10カ所を走査します。つまり、一度の測定で網膜上の2mm 四方の網膜厚測定が可能であり、測定時間は0.2秒です。測定時間が短く、被検眼の固視微動による影響を最小限に抑えることが可能です。

 網膜厚の画像解析は、IBM コンピュータにてMATLAB というソフトウエアで書かれたアルゴリズムによって自動で行われます。2mm の長さの網膜のスリット像は、それぞれ200μm の長さに10分割されて、光強度のプロフィールに変換されます。光強度プロフィールはガウス曲線で近似することができますので、網膜硝子体界面と網膜脈絡膜界面の2つから成る網膜のスリット像の光強度プロフィールは、2つのガウス曲線を重ねた曲線に近似されます。これら2つのガウス曲線のピークの間の距離を解析することによって網膜厚が算出されます。
 この解析によって、2mm の長さの網膜のスリット像は10の網膜厚の値として算出されます。つまり、一度の測定でスキャンされた網膜上の2mm 四方の範囲の網膜厚は、10X10 の網膜厚の値として算出されるわけです。9回の測定によって得られた眼底後極部6mm 四方の範囲の網膜後は、縦30、横30、合計900点の網膜厚の分布図として得られることになります。
 現時点において、眼底後極部6mm 四方の範囲の網膜厚の自動解析には、およそ90秒必要です。測定結果は、カラーコード化された二次元マップと三次元マップ、網膜厚の数値として表示することが可能であり、それぞれカラープリンターで出力することができます。また、網膜厚の数値はテキストファイルとして保存することもできます。

 Shahidi らのヘリウムネオン・レーザーをマウントした細隙灯顕微鏡型の網膜厚解析装置のプロトタイプを用いた正常人5名8眼の中心窩の網膜厚は150から220μm で、平均185μm と報告されています。市販の網膜厚解析装置を用いた正常眼の中心窩網膜厚について、今野らは7名14眼を対象として、138から220μmで、平均189μm、Landau らは31名50眼を対象として、100から322μmで、平均178μm と報告しており、それぞれの結果はほぼ一致しています。
 正常眼を対象にしたこれら3つの報告において示されている網膜厚測定値の再現性は、5%から7%、10.1%から11.7%、5.9%から6.6%であり、厚さにすると10.6μm から31μm となり、良好であると考えられます。

 糖尿病黄斑浮腫における網膜厚解析装置の有用性に関してのShahidi らの報告では、細隙灯顕微鏡検査、ステレオ眼底撮影では網膜の肥厚をそれぞれ80%、78%しか検出できず、また、網膜厚が正常の1.5倍、1.6倍になっていても見落とすことがあることを指摘しています。
 これらのことから、網膜厚解析装置によって従来の方法では臨床的に検出できない網膜浮腫を早期に検出できることが示唆されています。また彼らは、糖尿病黄斑浮腫に対する局所光凝固術の効果を網膜厚解析装置により評価しています。もかにも網膜色素変性における嚢胞様黄斑浮腫の網膜厚を解析し、炭酸脱水酵素阻害薬の効果を評価しています。また最近、緑内障眼における神経線維層の44μm の菲薄化の検出も可能であると報告されています。
 網膜の光学的切断面の観察および記録が可能であることにより、黄斑円孔のオパキュラム、カフの視認、嚢胞様黄斑浮腫の嚢胞腔の視認、x染色体性若年性網膜分離症の視認などに有用であることも示されています。

 以上のことから、網膜厚解析装置の特徴をまとめてみますと、無侵襲であること、操作が容易であること、測定時間が短いこと、コンピュータによる自動解析が可能であること、再現性が良好であること、網膜の光学的切断面の観察および記録が可能であること、カラーコード化された二次元マップ、三次元マップによる表示が可能であることが挙げられます。今後、網膜厚解析装置は、網脈絡膜疾患、緑内障など網膜厚に変化を引き起こす各種疾患の研究に新知見をもたらすことが期待されます。
2003.7.26 記